ゴー!医見

つばさクリニックでは毎月院内広報誌「ゴー!つばさ」内の院長のエッセイです

京都で起きたALS(萎縮性側索硬化症)患者さんの嘱託殺人事件。一部には「患者さんに寄り添った苦渋の選択」などと言って擁護する声もありますが、不見識にもほどがあると思います。犯行に及んだ二人の医師の真意は分かりませんが、薬物を投与した後に患者さんの最期を見届けることなくその場を去っている、と言う行動は医療行為とは程遠いものです。本当に患者さんの辛さを共有した上での行為であると言うのなら、薬物投与後も患者さんの傍らに寄り添い、息を引き取るまで見守り、死亡確認を行い、死亡診断書を作成しなければなりません。

人工呼吸器を拒否したSさん

今回の事件を知って、10年前に亡くなったSさんのことを思い出しました。当時50代の女性、ALSによく似た難病を患っていました。Sさんを初めて診察したのは15年前、在宅酸素という、自宅で酸素吸入ができるような装置を使用していました。通院は困難でしたので月に2回自宅にうかがう訪問診療をしていました。青森県出身で、北国の人らしい芯の強さと肝っ玉母さん(古い?)のような優しさを兼ね備えた女性でした。主たる介護者は旦那さん、娘さん家族と同居、私が訪問するときは必ず尾張地方在住の娘さんも同席されていました。世間話をしたり、最新の治療法のこと、延命治療のことなどを話したりして、時には1時間以上お邪魔したこともありました。

当初は旦那さんの介助でトイレに行ったりお風呂に入ったりしていたのですが、終始一貫して「私は絶対に人工呼吸器はつけない」と言っていました。お盆に青森に帰省する時には「道中で容体が悪くなって救急で運ばれても人工呼吸器はつけたくない。先生一筆書いて。」と言われ、その旨を記載した情報提供書を書いたものでした。幸い、それが役に立つことはありませんでしたが。

それでも徐々に呼吸機能が低下、嚥下機能も低下していきました。そして10年前の12月になると水分補給もおぼつかなくなり、呼吸困難も悪化していきました。人工呼吸器を頑なに拒否する姿勢は変わりませんでしたが、水分補給のための点滴は希望されました。何としても生きたい、でも家族には負担をかけたくない、そんな思いが人工呼吸器と言う延命治療は拒否するけど点滴という延命治療は続ける、というある意味矛盾した道を選んだのです。

年が明けると病状は更に悪化、本人は自宅で亡くなることを望んでいましたが、娘さんは人工呼吸器をつけるために入院することを強く望みました。それまでは全てお母さんの希望通りにしていた娘さんが初めて逆らったのです。私は娘さんの意思を尊重して救急搬送を依頼しました。患者さんの命は自分だけのものではない、残された家族のものでもあるのだ、家族が納得できる形で最期を迎えなければならない、という思いを強く抱いたからでした。

結局、Sさんは病院に搬送された際も頑なに人工呼吸器をつけることを拒否され、程なく息を引き取りました。娘さんも旦那さんも後悔の言葉は述べられませんでした。Sさんの気持ちを尊重しつつ、家族が納得する最期が迎えられたからだと思います。

Sさんが亡くなった後、ご自宅を訪れてお参りさせてもらいました。遺影を見たときはもちろん悲しみと寂しさがこみ上げて来ました。でもそれと同時に懐かしさもこみ上げて来ました。旦那さん、娘さんの透明で自然な表情も印象的でした。素直に泣くことができました。

Sさんは安楽死だったとは言えないと思います。尊厳死と言えるのか、単なる延命治療の拒否なのか?人それぞれの考えがあってしかるべきです。人の気持ちなんて矛盾だらけだし、1秒経てば気持ちが真逆に変わる事もあります。大切なのは日々患者さんに寄り添うこと、本人にしか分からない葛藤に思いを馳せることだと思います。答えを出す必要はありません。

大切な人の死が目の前に迫った時にどうしていいか分からなくなったら、是非私に相談して下さい。何もできないかもしれませんが一緒に涙を流すことくらいはできると思います。


つばさクリニック院長 石川 亨


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