2025年7月 偉大なる長嶋さん
激務を終えた早朝5時、仮眠を取ろとしていたらバス会社のH社長から電話がありました。「明日、うちの自社便仕事で東京なんだけど行ける?」と聞かれたのですが、疲れてるし、眠いし、断わろうと思いましたが、仕方なく引き受けました。すると社長は「良かった。絶対に行かなければならないからさ、行先は後楽園球場、出発時間は早朝だけど午前2時、お客さんは俺のいつもの友達メンバーね、頼むぞ」との事でした。午前2時って早朝じゃなく深夜だろ、それに後楽園球場っていつの時代の話?東京ドーム球場じゃねーの?と思ってしまった次第。
古き良き人達
仮眠から覚めたのが午後9時前。少し寝過ごしたので、バタバタと準備をしてH観光に行ったら既にお客さんがいたので驚いた。時計を見ると午前0時を回ったばかり、午前2時出発との事でしたが集合が早い。社長の友達グループにしては、こんなに早く集合するなんて珍しいと思いつつ事務所に入っていったら社長が「皆こんなに早く来るなんて珍しいよな。少し早いが全員集まったら出発すっか?」と言うのです。「因みに、何しに行くんですか?」と聞いてみたら思わぬ回答が・・・。「長嶋さんの記帳に行くんだよ、昨日皆に話を回したら即決だったからな」との事。実は、H観光に集まっていた皆さんの服装が、黒い礼服の人も居れば、昔の巨人軍のユニフォームを着ている人も居て、何の集まりなの?と思ったのですが、そういうことかと納得した次第。この後、出発した車内での皆さんの会話は意気消沈、元気が無かった。以前、このメンバーを乗せて天皇陛下が陸前高田に来られた時や花巻東高校の応援にと甲子園に行った時などアルコール類の持ち込みも凄くて毎回賑やかと申しますか、うるさいのですが、この時はアルコール類の持ち込みも無く本当に静かで寝ている方が多かったんです。
礼服姿の大行列
あそこの交差点を右折すれば東京ドームに到着するという所に来て目に入ったのは、黒っぽい服装、礼服などを着た人たちの大行列。行列は東京駅方面に続いており、新幹線や電車で記帳に駆け付けた人たちが多かったようです。東京ドームシティの周りをグルッと一回りして列の最後尾らしき所に停車させて、皆さんにはバスを降りてもらいました。社長が「記帳が終わったら電話するから直ぐ出ろよ。さっき通ったドームの脇の所で待ってるからな」と言って降りて行きましたが、「これからどうしよう?待機場所など無いし」と思いながら、停まり続けている訳にもいかないので取り敢えず走り出しました。東京ドームシティーの周りをぐるぐる周り、一旦皇居方面に向かい、皇居前広場付近でハザードを点けて停まったり、皇居の周りをグルグル回って、今度は靖国神社方面など走り回っておりました。
記帳が終わって一行と合流できたのは午後2時半過ぎ。まだ記帳所への行列はとても長かったです。本当に長嶋さんは日本のスーパースターだったんだなと思った次第です。
多くの野球少年たちに夢を与えて下さった長嶋さんの御冥福を衷心よりお祈り申し上げます。
岩手県大槌町 小川 孝幸
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